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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)7894号 判決

原告

全安田生命労働組合

右代表者執行委員長

首藤信次郎

右訴訟代理人弁護士

仲田晋

鴨田哲郎

岡田克彦

清水恵一郎

被告

安田生命保険相互会社

右代表者代表取締役

岡本則一

右訴訟代理人弁護士

中川幹郎

宇田川昌敏

太田恒久

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

原告が被告に対しSSエリア制度の実施について経営協議会における協議を求める地位にあることを確認する。

第二事案の概要

本件は、被告が、原告ほかの労働組合に対して昭和五九年一〇月三〇日付けで提案し、昭和六一年一〇月一日から実施している市場開発・顧客管理に関するいわゆるSSエリア制度について、当時、月掛営業職員(デビッド営業職員)の教育、指導、管理にあたる営業管理職員を組合員としていた原告が、同制度は、従来デビッド営業職員の保険募集・集金の基礎であった地域地盤を一定の基準で強制的に手放させて、プロパー営業職員等に付与するもので、デビッド営業職員の労働条件に重大な不利益をもたらすものであるなどとして、同制度の導入に反対し、昭和六〇年度春闘において、経営協議会での協議を求めたのに対して、被告が、原告の組合員に一般営業職員がいないからとして右協議に応じなかったことにかかわる事案である。

本訴において、原告は、SSエリア制度が営業管理職員の労働条件にも重大な影響があると主張して、同制度の実施についての協議を求め得る地位の確認を求めた(提訴時期昭和六二年六月)のに対して、被告は、同制度は営業管理職員の労働条件に直接の関係がないとしてこれを争っていた。しかし、本件口頭弁論終結時点では、原告において、協議を求める事項を後記のように特定したのに対して、被告は、営業管理職員の労働条件にかかわる具体的問題についての協議には応ずるという態度を明確にしており、本件確認訴訟の対象たるべき法的地位自体についての法律上の紛争は存在しなくなっている。

一(争いのない事実)

1(一)  被告は、保険募集業務を主たる業務とする相互会社であり、本件提訴当時、全国各地に支社約九〇か所を有し、その従業員数は約二万二五〇〇名であった。

被告においては、長年にわたって、主として法人等の職域を対象に営業職員が担当するプロパー部門(業務部)と、主として個人、地域を対象に月掛営業職員が担当するデビッド部門(月掛け保険部)の二大営業部門があり、それぞれの部門の職員を営業職員(プロパー営業職員)、月掛営業職員(デビッド営業職員)と区分していた。営業管理職員とは、デビッド部門の営業所の所長又はスタッフ職(所長代理)として、デビッド営業員の教育、指導、管理を主たる職務とする者である。もっとも、昭和五三年四月の機構変更で、右各部門が営業推進部として統合され、また、昭和五九年一〇月一日以降、プロパー営業職員とデビッド営業職員はいずれも営業職員として一括されている。

(二)  原告は、昭和四七年に結成された労働組合(当時の名称は「安田生命営業管理職員組合」)で、結成当時は、組合員を被告会社の営業管理職員に限っていた。本件提訴当時は、被告の従業員であれば何人でも組合員となることができたが、実際には営業職員は組合員中にいなかった。

(三)  被告には、従来、原告のほかに、営業職員を中心とする安田生命労働組合、月掛営業職員を中心とする安田生命月掛労働組合、内勤員を中心とする安田生命内勤員組合の三労働組合が併存していたが、これら三労働組合は昭和六二年四月一日付けで合併し、新たに安田生命労働組合を設立した。

2  原被告間の昭和五九年一〇月一日付け労働協約の一四条一項には、労働条件事項として一二項目が掲げられ、右労働条件については、同条二項で附属協定として定めると規定されている。そして、同協約一五条一項には、その変更については予め原被告間で協議すると定められ、同協約二一条一項により、その実施に当たっては双方合意の上行うとされている。

3(一)  被告は、原告ほかの労働組合に対して、昭和五九年一〇月三〇日付けで一営業員一エリアの原則の下に担当エリア内への集約を促進することを目的とする新市場開発・顧客管理制度に関するSSエリア制度について提案し、昭和六一年一〇月一日からこれを実施している。

(二)  原告は、同制度が従来デビッド営業職員の保険募集・集金の基礎であった地域地盤を一定の基準で強制的に手放させて、プロパー営業職員等に付与するもので、デビッド営業職員の労働条件に重大な不利益をもたらすものであるなどとして、同制度導入に反対し、昭和六〇年度春闘において、経営協議会での協議を求めた。

(三)  これに対して、被告は、原告は営業管理職員で構成されているのであり、組合員として一名でも営業職員が在籍すれば協議当事者となるが、原告には営業職員が在籍しないので、原告は協議当事者ではない、として右協議に応じなかった。

二(経営協議会における協議の要否に関する当事者双方の主張の要点と本件口頭弁論終結時点における態度)

1  原告は、本訴においては、SSエリア制度が営業管理職員の労働条件に重大な影響を及ぼしていると主張している。

原告が、本件口頭弁論終結当時、営業管理職員の立場からSSエリア制度の実施について経営協議会における協議を求める事項は、次のとおりである。

(一)  機関長が代理集金等顧客対応に従事せざるを得ない実情の改善方策について

(二)  エリア外契約の転出強制制度の運用の実態をふまえ、同制度の今後の方向性、推進する場合にはその条件整備について

(三)  事務配分の変更、関係諸書類の増大に伴う新事務の拡大、整理事務の増大等の実情の改善方策について

(四)  SSエリア制度の実施状況全般についての定期協議の開催について

2  被告は、SSエリア制度は直接には一般営業職員についての労働条件にかかわる新制度であるから、かつては原告の組合員に一般営業職員がいなかったため、制度実施に関する一般的な協議には応じられないという態度をとっていたけれども、現在では原告の組合員に営業職員がいるので、協議に応ずるという態度をとっているのみならず、営業管理職員に関することについても、その具体的労働条件に関して具体的な協議の申し出があればこれに応ずるとしており、弁論の全趣旨によれば、本件口頭弁論終結時点において、原告の提示した右(一)ないし(四)の具体的協議事項については協議に応ずる態度であることが認められる。

第三当裁判所の判断

本件提訴当時はともかく、本件口頭弁論終結当時には、原告において、協議を求める事項を前記のように特定したのに対して、被告は、営業管理職員の労働条件にかかわる具体的問題についての協議に応ずるという態度を明確にしており、本件訴訟の対象たるべき地位自体についての法的紛争は存在しなくなっているのであるから、本件訴えの確認の利益はなくなっていることが明白である。したがって、本訴はその余の点について判断するまでもなく不適法である。

なお、それにもかかわらず、原告が本訴を維持しているのは、弁論の全趣旨によると、被告がSSエリア制度に関連する改訂構想をもって案を固めつつあるので、原告としてはこれに関して想定される協議に事実上の影響のあることを懸念するためと解される。しかし、もともと、本件訴訟は、原告が昭和六〇年から実施されたSSエリア制度下での営業管理職員の労働条件に関する協議を求め得る地位にあるかどうかが争点となっていたもので、その確認の利益が認められるためには、少なくともその点についての争いが現存していることを要することは、原告の法的地位について現在する不安定を除去することを目的とする確認訴訟の建前からいって当然のことである。けれども、本件口頭弁論終結当時においては、被告は、営業管理職員を含めて原告の組合員の具体的労働条件に関する協議に応ずる態度を明確にしているのであるから、既に本件訴えに確認の利益が存在しないことは明白である。そして、今後SSエリア制度に関連して協議が想定されるとしても、そのこと自体は、本件訴訟の対象外のことであることもいうまでもない。

(裁判官 松本光一郎)

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